第一回日本作詩家協会50周年記念大賞

第1回 日本作詩家協会50周年記念大賞 授賞作品発表

総評 : 里村龍一前会長

 記念大賞に応募してくださいました会員の皆様、大変ありがとうございました。そして、ご苦労様でした。此の記念大賞は、会員の士気高揚と、作品のレベルアップ、そして、良い新人発掘を目指して、企画された賞であります。
 合計で、1,233編もの応募がありました。理事以上の役員、十七名全員出席のもと審査にあたりました。
 午後一時より始めて夜七時近くまでかかりました。審査員全員、グッタリしていました。目はかすむ、背中、肩、腰、は痛い。最後の、一位、二位、三位を決めるのに四度、投票しました。なかなか決まらず決戦投票をくり返したのです。審査員全員、書く物も違うし、思いも違う。ポップ系もいれば演歌系もいる。それゆえ、平等で、正しい審査が出来たと私メは満足しております。結果は発表の通りです。まず感じた事は、非常にレベルの高い記念大賞になりました。新人賞とは違い、協会員だけの大賞だったからだと思います。安心致しました。そして、第一興商様より、ご寄付頂いた賞金の百万円もきいたのではないかとも思います。CDにして発表しても、はずかしくない力作が沢山ありました。上位の作品は、同点とか一点差とかでした。この賞をまた、来年もやれる様、我々も頑張ります。皆様も頑張って下さい。

大賞

「晩夏」  山吾 充六

青い日傘を くるくる廻し
ポプラの根元で 待っていた
ボクだよ母さん あの角まがり
アイスキャンデー 買ったでしょ
麦わら帽子も 買ったでしょ
 あなたは 何にも 覚えてないと
 やさしく 笑って 目を閉じる

甘い味瓜あじうり 並んで食べて
父さんのこと 話してた
ボクだよ母さん あの昼下り
庭で盆花 つんだでしょ
まっ赤なダリアを つんだでしょ
 あの時 ボクだけ 夏風邪ひいて
 何やら ぼんやり してたけど

ボクだよ母さん あの昼下り
庭で写真を とったでしょ
二人ですまして とったでしょ
 あなたは 何にも 覚えてないと
 やさしく 笑って 目を閉じた

講評 : 里村龍一前会長
 大賞の山吾充六さん、お目出度う御座いました。むずかしいテーマを、よく書き込んでありました。大きな社会問題になっている、認知症の母を主人公に、いやみもなく、痛みもなくさらっと美しく書きあげた感性に、敬意を払います。私メも年老いた母がおります。私メの母は、逢いに行く度、お小遣いをあげるのですが、封筒を指でこすっていくら入ってるか、さぐるのです。だから、まだボケてないなと私メは安心するのです。本当に認知症家族を持つ人達は大変な苦労があると思います。山吾さんのお母様は可愛いお母さんですね。お目出度う御座居ました。
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優秀賞

「うしろめた屋の落し文」  紺野 あずさ

昔 別れた 愛しい女人ひと
年に一度の 年賀状
―― ご多幸祈ると 一行だけの
うしろめた屋の 落し文
倖せならば それでいい
生きててくれたら それでいい

妻や子供に 見せたくなくて
葉書仕分けを 買って出る
――ご健勝でと 達筆きれいな文字が
届く 元旦 新春はるふみ
他にはなにも 書いてない
他にはなんにも 書いてない

昔 恋人 今では親友とも
なっているよな 気もするが
――謹賀新年 迎えるたびに
触れず 言わざる このまんま
艶めく想い さりげなく
ことばのうしろに しのばせる

――ご多幸祈ると 一行だけの
うしろめた屋の 落し文

講評 : 喜多條忠前副会長
「うしろめた屋の落し文」紺野あずささんの作品である。昔、恋人だった人への年賀状、そして返信。この「うしろめた屋」という意味は昔の恋人に対しての「うしろめた屋」という二人のストーリーのことか、二番で書かれてある妻や子供への「うしろめた屋」の気分なのかがハッキリしないが、そこが又、この歌の味となっている。
ただ、「ご多幸祈る」「ご健勝で」という語感が固すぎて、メロディーには乗せづらい。さりげない文面を装うなら、「お元気ですか」ぐらいの日常語の方が聞いた語感もいいし、若々しさも出る。ほんのり甘酸っぱいニヤリとする秀作だ。

「浜辺の秋」  田口 葉一

浜辺の秋の 貝殻は
青い海の 忘れ物
波は何度も 行ったり来たり
探し物でも するように
  わたしが拾って あげようか
  そっと両手に 包んだら
  あの夏の日に 届けよう

浜辺の秋の 潮風が
白い鳥と たわむれる
ひとりぼっちは 寂しいからね
ここにおいでと 呼びながら
  わたしに翼が あったなら
  きっと大きく 羽ばたいて
  あの夏の日に 飛んでゆく

浜辺の秋に たたずめば
青い恋が よみがえる
弱い自分を 責め続けてた
好きとひと言 言えなくて
  あなたに再び 逢えたなら
  笑顔交わして 語りたい
  あの夏の日の 思い出を

講評 : 喜多條忠前副会長
「浜辺の秋」田口葉一さんの作品。実にリズム感がいい。メロディーがつけやすく、海の匂いが漂って来るような作品になりそうだ。
歌詞を書く時に大切なのは、このリズム感であって、書きながらハナ歌でもいいから歌ってみるといい。そうするとお決まりの五・七調の字数からの脱却も出来易い。
そしてこの「浜辺の秋」にはテーマとしての透明感がある。-波は何度も行ったり来たり 探し物でもするようにーといった詩的イメージの創造的な発見もある。その後のーわたしが拾ってあげようかーと続くサビへの導入も見事だ。さわやかな秀作だと思う。
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佳作

「おんなの桜」  岡 みゆき

いで湯 糸川 春告げ桜
川の流れに 花びら散らす
ほつれかかった いたずら髪が
ふた筋三筋 未練がる
酒のしずくを 口うつし
つぼみ咲かせた おんなの桜

もっと幸せ 欲しがるならば
陰で誰かを 泣かせてしまう
咲けば散るだけ 咲かないままに
終わらす恋の しぼり紅
あの日抱かれた 背中から
思い出すのは いいことばかり

うしろ姿は 他人の空似
そぞろ歩きの しあわせの群れ
あたみ海岸 夜桜の下
涙にとまる 闇ざくら
思い切る気で 捨てた恋
折れたルージュの おんなの桜


「花の下」  甲斐 新

とうさんの 肩ぐるま
 満開の 花の下・・・
かあさんに 手を引かれ
 ランドセル 花の色・・・

  あれは夢 花霞 いつのこと
  おぼろげな 思い出よ
  花びらが 肩先に 降りかかる
  今年も花盛り 今年も 花吹雪・・・・・・

卒業書そうつぎょうしょ 手に持った
 憧れの 先輩に・・・
近づいて 下さいと
 詰襟の 金ボタン・・・

  あれは夢 花霞 いつのこと
  秘めている 思い出よ
  花びらを 掌に 受けている
  今年も花盛り 今年も 花吹雪・・・・・・

花嫁と 花婿が
 澄ましてる 写真立て・・・
親子連れ 花の下
 よちよちの 男の子

  あれは 去年こぞの春 目黒川
  流れゆく 思い出よ
  花びらに はしゃいでる 愛し児に
  桜が花盛り さくらの 花吹雪・・・・・・


生々流転せいせいるてん」  高塚 和美

道に迷って 道を知り
今だ足らずと おのれをさと
 山は高けりゃ りりしいが
  低くなるほど 奥深い
生きてこの世に 生かされて
熱い思いを 男はかみしめる

向かい風には 胸を張り
雨に打たれりゃ 背すじを伸ばす
 我慢 我慢の 人の世は
  我慢出来なきゃ あとがない
たった五しゃくの 酒に酔う
そんな切ない 男にゃ夜もある

人と別れて 人を知り
ゆけど果てない 山河さんがにのぞむ
 これもおいらの 生きさま
  次の一歩を 踏み出せば
天にふたつが ない様に
夢は一途いちずに 男はひとつだけ


「未練」  原 文彦

二年の月日の 重さなど
窓辺の雪より まだ軽い
あれほど誓った 愛だって
風向き変われば 水の泡
 ドアを蹴飛ばし 出てゆく影を
 追う気もしないで 見送って
 子猫のように 炬燵にもぐり
 泣いたわ二月の 寒い日に

鳥肌立つほど 愛しくて
体をきりきり 押しつけた
背中がとつぜん 氷より
冷たく感じて 泣けたのよ
 ふたりは今まで なんだったのと
 問う気もしないで 座りこみ
 蛙のように 半年くらい
 眠ってみたいと 思ったわ

そして何年 たったのでしょう
今でも二月にがつは なみだづき
けれども胸が ときどき熱く
未練じゃないかと ふと思う
未練じゃないかと ふと思う


「濡れカラス」  安田 福美

傘を返しに 来ただけなんて
高い敷居の 言い草ね
  わざと強がる 眼でわかります
  きっとあなたも 濡れカラス
    こんな冷たい 雨の中
    逢いに来たのは 人恋しさよ

帰るつもりが ないことくらい
知っているから 言わないで
  人の話に つい水をさす
  私やっぱり 濡れカラス
    どうせお客も 来やしない
    路地の明かりの もの寂しさよ

泣いた数だけ 女の髪は
つもり積もった 艶が出る
  雨も上がって また独り言
  振って振られて 濡れカラス
    言葉足らずに 別れても
    ここが二人の 止まり木なのよ

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準佳作

「京都・花灯路」  くに多樹夫

八坂通りの 石畳
そばに寄り添う 人もない
路地の灯りは 雅でも
裏で泣いてる 花がある
いやどす、いやどす おなごの胸に
般若がうごめく 京都・花灯路

竹の小径こみちの 向かい風
受けてゆるんだ 紅鼻緒べにはなお
愛の迷いに 立ち止まる
月も半身はんみの 渡月橋
いやどす、いやどす 精舎しょうじゃの鐘に
五感が怯える 京都・花灯路

祇園祭りに 解いた帯
陰で尽くした 二年坂
水のいらない 生け花に
誰が降らした にわか雨
いやどす、いやどす 見るのもつらい
狐の嫁入り 京都・花灯路


「恋」  珈琲 貴族

私の何が知りたいの
知ったところでいいことあるの?
知らないことが多いほど
女を きっと楽しめる

恋は恋で終わるもの
私は それで生きてきた

名前知るのは 二日も早い
歳を知るのは 一年早い
からだ知るのは 五年も早い
すべて知るのは 百年早い

昨日ベッドで言ったでしょ
昨日ベッドで言ったでしょ

貴方は何が聞きたいの
聞いたところで気持ちがいいの?
聞かないことが多いほど
女は ずっと付き合える

今日は 今日で終わるもの
言葉は すぐで消えていく

私知るのが 二年遅い
歳が止まって 三年経つわ
こころ失くして 四年になるの
すべて貴方に 話したわ

少し黙って お願いだから
少し黙って お願いだから

私の何が言いたいの
言ったところで何かが変わる?
言わないことが多いほど
女は ちょっと惹かれるの

恋は恋で終わるもの
昨日ベッドで言ったでしょ

恋は恋で終わるもの
二人このまま終わりましょ


「男はそれでいい」  原 文彦

男の人生 迷いはいらぬ
胸の一輪 花を抱き
道が一本 あればいい
誰をねたまず またうらやまず
転んだぶんだけ 起きあがる
 それでいい 男はそれでいい

男の舞台に 飾りはいらぬ
今日がいのちの 男舞い
身体からだひとつが あればいい
惚れた女に ほの字さえ
言えぬ純情 腹に抱き
 それでいい 男はそれでいい

男の人生 余分はいらぬ
立って半畳 寝て一畳
酒が一本 あればいい
とろり背中が 酔う頃に
夢は千里を かけめぐる
 それでいい 男はそれでいい


「むかし」  原 文彦

男はむかし 背中が語った ものだった
それを女は しみじみ悟った ものだった
着物売っても 男に酒を
飲ませる喜び 知っていた
 どこ行った どこ行った
 男と女の あの夢は
 演歌が残る 裏町に
 酒がむかしを 連れてくる

男はむかし 背中に浪漫が 匂ってた
だから女は 黙って後ろを ついてきた
惚れた男を 陽のさす場所に
送ってみせると 頑張った
 どこ行った どこ行った
 命がぎらぎら してた日は
 グラスの中に ゆらゆらと
 遠いむかしの がゆれる

 どこ行った どこ行った
 男と女の あの夢は
 昭和が残る 裏町で
 ひとりむかしの 酒に酔う


「あすなろ縁歌」  堀江 重吉

花の舞台を こころに埋めて
しばし場末の 弾き語り
こんばんは お客さん
ふるさと恋しい 夜ですね
瞳の奥が 覗けます
唄で・・・歌で・・・ 唄で故郷へ
帰りましょうか
聞いてください あすなろ縁歌

こんなわたしも いろいろあって
波がさらった 恋ひとつ
こんばんは お客さん
ふるえる悲しみ ありますね
瞳の海が 覗けます
唄で・・・歌で・・・ 歌であの人
偲びましょうか
聞いてください あすなろ縁歌

辛いこの世を 信じていきて
春を待ちましょ 今しばし
こんばんは お客さん
何かをすてたら 楽ですよ
瞳に花が 覗けます
唄を・・・唄を・・・ 唄を一緒に
歌いましょうか
聞いてください あすなろ縁歌


「女の砂丘」  まんだあつこ

風が吹いたら 姿を変える
砂丘は女の 恋もよう
裏切りのない あの月日
素顔であなたと 抱きあえた
歩ける早さで 愛してたのに
別れはどうして 急ぎ足

秋も深まり 海鳴りさわぐ
砂丘は女の 泣くところ
ベッドで夢を 語り合い
日差しであなたが 微笑んだ
想い出うずめの 旅路の果てに
いいことばかり 思い出す

白い抜け殻 潮風しみる
砂丘は女の 眠る場所
いのちを捨てて いいほどの
愛でもはぐれて 飛ばされる
心の騒ぎを この砂に埋め
わたしの恋を 終わらせる


「猫の恋文」  保岡 直樹

ふたりで育てた ノラ猫が
愛のなぐさめ おきみやげ
想い出ばかりが 丸まって
今夜も哀しい 夢をみる
 ノラよ ノラノラ 逢いたいね
 憶えているかい あの部屋を
 二度と爪など 立てないと
 私のかわりに 伝えてよ

手枕みたいに あったかい
ノラが三日も 帰らない
毛布にくるまり 泣いてたら
西陽の窓から 影法師
ノラよ ノラノラ どこにいた
おまえは気まぐれ 知らん顔
鈴の首輪を よく見れば
手紙がくるりと 結んでた

ノラよ ノラノラ 泣かせるね
「やり直そうか」と 書いてある
路地を小走り 伝書猫でんしょねこ
届けてほしいの この恋文へんじ

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